流氷遠ざかり、海明けを待つオホーツク

 今年、流氷が沖にやって来たのは1月下旬、おそらく25日頃。肉眼で流氷が観察できる流氷初日。夜襲のように迫りくる、厳しい冷え込みの翌朝でした。

流氷到来は静かなること山のごとし。はるばるやってきた流氷、アムールからようこそ!と叫びたくなり、道の駅の展望スカイキャビンに上って写真に収めました。

その後の本格的な接岸を期待していたのですが、風の加減でなかなか遭遇できないうちに春隣りの気配がして来ました。

以前、日の出岬に流氷が接岸したとき、感激のあまり岬の岩場を下り、流氷を生け捕って持ち帰り、オンザロックでウィスキーをいただいたことがあります。 

聞くところによると昔の流氷は大人の背丈を越えるほど巨大で、首都圏に流氷ロックと銘打って売り出したこともあったらしく飲み慣れないウィスキーが、とてもまろやかな口当たりになり、安ウィスキーがコニャックに変身したみたいで魅了され、グラスを重ねてしまいました。流氷を融かし、保健基準に合うよう衛生処理してから再凍結させ、売り出せないものか、酔いどれの妄想を膨らませましたが、皆から一笑に付された記憶があります。

※『白い海、凍る海』(青田昌秋)によると、北海道と九州間の2倍もあるアムール川の膨大な水が海に流れ込むため、塩分濃度の低い海水が約50メートルの上層を形成して、湖の状態となり、濃度の濃い下層と2層化するオホーツク海の特性が海氷のでき易い原因。西高東低の気圧配置から吹き付けるシベリア降ろしの寒風や、千島列島、カムチャツカ半島、沿海州、サハリン、北海道に囲まれた湾のような地形も要因と考えられている。3月にはオホーツク海の8割が凍り、6月に消滅するといわれている。

冬ならではのイベントとして雄武町観光協会では‘おうむキャンドルナイト’を開催しましたが、今年はコロナ禍ということもあり、ボランティアの参加が少なかったのが残念です。雄武町の公認キャラクター‘いくらすじ子’ちゃんや疫病退散を祈願する‘アマビエ’の雪像を家の前に作った町内の漁師平沼さん、子ども達のために毎年厳冬期ならではの楽しみとして雪像造りに励むそうです。

寒いからといって縮こまらず、流氷の便りが聞こえてきたら、

また元気でお会いしましょう!

雄武町東浜 平沼さん