オホーツクの秘宝 ピヤシリ湿原

~チシマザサのトンネルを抜けると、そこは湿原の楽園だった~高層湿原ピヤシリ(935m)入口では紫の貴婦人タチギボウシの花に囲まれた池塘(泥炭層の湿原にできる水溜り:池塘と池塘の間は地上、地下の水路でつながり、時に泥炭層の一部が浮島として浮遊することもあるといわれる)が涼風とともに迎えてくれました。ようやく3年越しの念願がかない(登山口で天候急変のため中止等)、秘めやかな恋人に邂逅できた心地です。池塘の水面が湿原の水位を示すらしく、浮島の上にふわり降り立ったような新鮮な感覚、足元の水脈の鼓動が聞こえてきそうでした。

7月の晦日、オホーツク総合振興局西部森林室主催のツアーは総勢20名(ガイドは山楽舎BEARの土榮さんと西部森林室小林さん)、虻の襲撃に悩まされながらも、晴天に恵まれて好調にスタート。はるかに連なる北見山地の眺望…鳥になったような心地で開放感に浸されます。

昨年の夏に利尻山を登頂した太腿も、かなりへたりそうな急勾配の連続でしたが、厳しい自然環境の中、360度回転したダケカンバの奇木や、変形木の歓迎アーチなど物珍しく快適なトレッキングを楽しみました。熊の糞にも随所で遭遇し、ここはカムイミンタラ(アイヌ語)神々の遊ぶ庭の領域だと知らされます。目が覚めるようなエゾアジサイなど観賞しながら、全員無事踏破できました。名ガイドさんに感謝です。

周りに高山がなくオホーツク海に迫る、突き抜けるような景観が秀逸で、高層湿原としては直に足裏で感じてもらえる、おそらく随一のスポットだろうという説明があり、そういえばほとんどの見学地は木道に限定されるのが通常、自由に天然の湿原を満喫できるのはピヤシリだけかと思われます。ふんわりとした大地の柔肌に触れて、命をハグされるような心いやされる感動体験でした。

湿地の面積が全国的に減少する中、北海道はその86%を占める貴重な「湿地の宝庫」です。

人跡未踏の地だけに、人が通った跡は数センチ凹んでムラサキミズゴケが繁茂しており、回復には数年かかるそうです。木道もそれなりに負荷がかかり状況次第とか…足下にはホロムイイチゴ、ツルコケモモなど数え切れない湿原植物が密集して生え、息を飲み込むような命の曼陀羅模様、「みんなちがって、みんないい」金子みすゞの世界が息づいていました。

苛酷な自然環境が許さない成長…大きくなれないアカエゾマツの見守るピヤシリ三姉妹の沼は手つかずの秘境の趣があります。

(A沼:天空の乱れ髪、B沼:カムイのしずく、C沼:オホタの泉、と勝手に恋人達に命名しました。A沼は水草のミクリが乙女の長髪のように水面に解かれて印象的…)

 植物の光合成は光と水と空気の二酸化炭素を原料に、葉緑体の魔法で養分と酸素を産み出す脱炭素機能そのものです。地球上の酸素のほとんどは光合成からつくられるといい、光合成が盛んな夏は湿原の水位が低くなり、6月は水面下になるそうです。命の水のめぐり…かけがえのない繊細な大地の営みが愛おしく感じられました。

人よ!つつましくあれと…